旅行記(9)-呉→東京

こんにちは。にこいちです。旅行記(9)に行きます。

 

【9日目:呉→東京】

朝、ホテルの部屋で軽い朝食を食べてから、午前9時過ぎにチェックアウト。ホテルに荷物を預けて、出発です。

この日、当初は大和ミュージアムの向かいの海上自衛隊呉資料館(てつのくじら館)に行こうと思っていました。しかし、呉の駅の改札口前にある観光ちらしコーナーで気になるちらしを発見!「路線バスに乗って呉観光ボランティアと行く旧海軍の日本遺産巡り」(毎週土日祝日開催、参加料無料(但し呉市内1日乗車券と施設入場料は有料))。予約不要。https://www.city.kure.lg.jp/uploaded/attachment/59450.pdf

 

てつのくじら館の前まで行きましたが、開くのは午前10時からで見学時間1時間30分、4回の入れ替え制。もう少し呉を色々見学したい気がします。さんざん悩んだ末に、てつのくじら館を諦め、旧海軍の日本遺産巡りのほうに行くことにしました。

 

てつのくじら館や大和ミュージアムと呉駅を結ぶ歩道橋の途中に「くれ観光情報プラザ」があります。呉市内1日バス乗車券はこのくれ観光情報プラザで購入できるということだったので、まずはそこに向かいました。

 

「くれ観光情報プラザ」で1日バス乗車券を購入し、しばし掲示物を眺めます。アニメ映画「この世界の片隅に」に登場する場所を掲載している地図(原作者の漫画家こうの史代先生のイラストによるもの)や、日曜劇場(TBSドラマ)「この世界の片隅に」の主人公すずさんを演じた松本穂香さんや夫の周作さんを演じた松坂桃李さんの写真などが展示してあって、嬉しかったです。もともと広島に行くときには呉にも行きたいなあと思ったのは「この世界の片隅に」の影響です。すずさんがよく眺めていた風景を実際に見てみたいと思ったのがきっかけでした。

 

プラザに参加者が集まったところで出発。ボランティアさん3名(男性1名、女性2名)と参加者3名(軍事マニアっぽい男性1人、イチ、私)。まず、ちらしに集合場所として掲載されている呉駅前のスクリューモニュメントで他の参加者さんがいらっしゃるかどうかを待ちます。15分ほど待ったところで、他には参加者がいないことを確認し、バスツアーに出発です。

 

駅を背にして左側にある、昔そごうだったビル(今はどの会社も入っていない模様)の前のバス停からバスに乗りました。

10分ほど乗ったところで、眼鏡橋バス停に到着。ここで下ります。

ボランティアさんによると、↓の建物の左奥が将校さんたちの宿舎で右側が下士官の宿舎だったそうです。

 

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こうの史代先生のイラストが描かれている建物

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昔の海軍宿舎近くの建物1階に描かれたこうの史代先生のイラスト

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こうの史代先生のサイン 消えかけています。ご覧になりたい方はお早めに!

サインは「私の根っこはずっと呉にあります。ありがとう!こうの史代 (日付不明)」と書いてあります。貴重なサイン、ずっと残したいですね。

 

この建物の右の道を行き、途中左に折れて坂を上ると、入船山記念館があります。

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入船山記念館までの道

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マンホールマニアに有名なマンホール1

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マンホールマニアに有名なマンホール2

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戦前ダンスホールだった建物 コンサートホールとして使用していたが現在非公開

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ユーモラスな駆ける子供達の彫刻 子供に人気があるそうです

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入船山記念館の入口

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旧呉海軍工廠(こうしょう)塔時計

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旧呉鎮守府(ちんじゅふ)司令長官官舎

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司令長官官舎の電灯

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美しい壁紙(金唐紙) 再現に3~4年かかったそう

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ステンドグラス

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入口のドアのガラスを裏から見たところ

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調度品もゴージャス

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食堂

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当時の料理の献立の例 テーブル上には料理を再現したサンプルがあります

当時の料理の献立例が文字だけでなく、サンプル(たぶん蝋細工)で再現されてテーブルの上にセットしてあります。こういう展示は珍しいですね。

献立例は、ソモン(サーモン?)と西洋野菜のテリーヌ、アスぺラガース・スープ(アスパラガス・スープ?)、ボイルドフィッシュ(コールドフィッシュ)、シチュードチッキン 付合 香草(分かるような分からないような?)、ローストビーフ 付合 クレソン ホース・ラディッシュ、レモン・アイスクリーム、タピオカプリン 黒豆添え。案外冷たいお料理が多かったり、デザートは今とあまり変わらないメニューだったり。料理好きの人でミキサーがあるなら、自宅でも再現できそうな感じです。

 

次に、資料が展示されている建物に行きました。ここでも漫画が展示されています。

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伊勢新聞」昭和14年9月14日掲載の漫画

「艦内スナップ」「痛くても痛くない三等兵」「いたいか!!」「い・え いたくありません」 三等兵が上官に髪をバリカンで刈られて半分坊主になり泣いている様子の絵。こんな暴力が日常茶飯事だったのでしょうね。艦内の様子が、暴力も含めて、こうして後世に伝えられることはとても大切だと感じます。

 

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伊勢新聞」昭和13年6月29日掲載の漫画

「水泳部員の夢」「落ちる瞬前です」ハンモックに寝そべった水兵さん。船のてっぺんから水着で飛び降りる夢を見ています。昭和13年だとまだ戦況がそこまで厳しくなかったのかしら。のんびりモードの漫画です。

 

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「日向新聞」昭和12年2月16日掲載の漫画

「三等はめしの時だけうらやまれ」 何で階級が下の人のほうがご飯の盛りがよかったのでしょうか。羨ましそうによだれを垂らしてみている上官の顔がユーモラスです。目の剥き方などがよく特徴を捉えていて、きっとこんな風に表情を顔に出している人が実際にいたんだろうなあと思います。食べ物の恨みはこわいですね。

 

入船山公園バス停を出て、子規句碑前バス停で下車し、歴史の見える丘に向かいました。その後、バスに乗って潜水隊前バス停で下車。

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周作さんとすずさんが病院を出た後に会う階段(入れません)

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JMUの造船所

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船を造っているところ

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船を造っているところ

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 工場跡

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「歴史の見える丘」の立て札

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戦艦大和の碑 大和ミュージアムができる前はこちらが人気だったそうです

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子規の句碑

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海上自衛隊の「第一潜水隊群」「潜水艦教育訓練隊」があります

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潜水艦が見えます

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艦船も近くで見えます

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海上自衛隊があります

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古いクレーン

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戦前からある倉庫

倉庫の1つはリノベーションされて、カフェ兼土産物店「澎湃館(ほうはいかん)」になっていました。もう少しゆっくり見たかったのですが、ここで時間切れ。ボランティアさんや他の参加者さんに別れを告げて、バスで呉駅に戻りました。

 

呉駅に戻ると、広島駅に引き続きまたもや「ディスコ」の大きな看板が。呉は海軍の招致に成功した後、戦後は三菱重工や日本製鉄などの重工業の工場を誘致することで栄えてきた都市ですが、2023年9月末をめどに日本製鉄の工場が閉鎖されることが決まっています。今度は「ディスコ」などの半導体関連産業が工場を拓くかもしれないし、別の企業が誘致されるのかもしれない、と思うと俄然興味が湧きますね。

ボランティアさん等との会話から、彼らがいかに呉を愛しているか、海軍さんや誘致した企業を誇りに思っているかをひしひしと感じました。全体的にキリっと締まって整然とした雰囲気に包まれた人と街でした。ここに工場を作りたいと思う社長さんの気持ちが分かる気がします。

 

呉に別れを告げて広島駅に戻り、新幹線に乗って東京に戻りました。昼ご飯を食べそこなったので、広島駅で駅弁を購入。食べ終わったあとは眠気に襲われスヤスヤ。

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廣島上等弁当

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廣島上等弁当の中身 意外と地味かな

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瀬戸のかきめし

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瀬戸のかきめしの中身 牡蠣がプリプリでおいしい

自宅まで無事に帰り着きました。

自宅に荷物を置いたあと、ジャズの生演奏を聴きにライブハウスに行き、出演メンバーの若いお兄さんを連れ出して焼きとん屋で一杯飲んで、この日を終えました。

あー、遊んだ!久しぶりの長い旅でした。コロナの第6派が来てしまい、全国でも感染者が1万人を超えたので、当分こういう長旅は無理でしょう。12月初旬に思い切って旅行に出て、本当によかったです。

では、また!